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2008.08.23(Sat)
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神奈川県横須賀市の東京湾に浮かぶ無人島「猿島」(さるしま)探訪 要塞探索編

猿島で最も長くて大きい「フランストンネル」トンネルを抜けたところ。まるでラピュタみたい。
前のエントリーからの続き。猿島は元々シュノーケリング目的でやってきたんだけど、生憎と曇天と小雨で気温が肌寒く、そして猿島はバーベキュー満載な島だったので早々にシュノーケリングは諦めることに。

猿島は軍事施設として相当に軍的整備がされた島で、今もなお往時が偲べる様々な施設があるという。実戦には使われなかったらしいが、砲台跡やトンネル、兵舎、弾薬庫として使われたであろう地下室。これらが観光客が観光できるように通路が整備され、見所には説明が書かれた看板が設置されている。

軍マニアではないけど、長崎の軍艦島みたいでワクワクするじゃないですか!ここまで来たからには是非観てみたいという訳で、シュノーケリングの代わりに猿島の軍事施設を探索することに。

管理棟横の上り坂要塞の「切り通し」に入る
売店や海の家がある施設の右側の坂を登り、猿島を東西に走っている「切り通し」という通路に入る。要塞を分断するように走っている通路なので「要塞の切り通し」と呼ばれているらしい。
ちなみに坂にはいる手前左側に猿島全貌の地図があるので事前に見ておくと位置関係が把握できます。
また、こちらのサイトの地図が分かりやすくて役に立ちます。

木製の通路が続き、そして煉瓦造りの壁が見える。「猿島要塞」の解説と地図が描かれた看板
暫く歩くと足元は木の板を敷き詰めた通路に変わり、「猿島要塞」と書かれた看板が出てくる。
看板にかかれている解説から抜粋すると、猿島の要塞は東京湾の守りを固めるために明治時代中期に建造された。周りを崖に囲まれた自然の塞を生かした要塞だと言う。

この看板の前を走っている通路が「露天掘り幹道」(恐らくは「要塞の切り通し」の別名)で、幹道に沿って並んでいる部屋で窓があるものが兵舎。無いものが弾薬庫。更に幹道を進むとトンネルがありトンネルの中にも兵舎、病室、弾薬庫が設けられていたと考えられている。
だが、猿島要塞は戦術の変化により実戦で使われることはなく、第二次世界大戦中でも砲台等を増築しただけで、煉瓦作りの要塞は残されたのだという。

煉瓦作りの壁。元々は兵舎であった。更に奥へと続く通路
「猿島要塞」の看板の直ぐ左側にある兵舎。色褪せた赤色の煉瓦造りの建造物。窓は板が打ち付けられていて中を覗い知ることはできなくなっている。
更に真っ直ぐに、要塞の切り通し、露天掘り幹道は続いている。

上へ上がる木製の階段不発弾などの危険物を見つけた場合は連絡してくださいという看板
少し進むと木造の上り階段があり、階段を登ると「不発物などの危険物を見つけた場合は連絡を」という看板がある。未だに不発弾があるのだろうか?ちょっと不安に感じなくも無い。

暫く進むと広場に出て、広場の隅には廃墟が廃墟は元展望台であったらしい。立ち入り禁止になっている
2分程歩くと広場に出た。広場の片隅には廃墟がある。どうやら元々は展望台であった場所らしい。ここは「展望台広場」という広場なのだろう。
廃墟になっている展望台は階段や周囲にロープが張り巡らされ、立ち入り禁止の看板があった。登ったら崩壊しそうなくらいの廃墟なので入らないようにしましょう。

元展望台の廃墟の右脇にある階段再び木で舗装された通路を進む
廃墟となった展望台の右側にある階段を降り、再び木造の通路を進みます。

トンネルを発見トンネルは短く、向こう側が直ぐ見える
多少アップダウンがある通路を3分程歩くと左手にトンネルが見えてきた。
歴史を感じさせる古ぼけたコンクリート色の重厚なトンネルだが、トンネル自体の長さは短く、トンネルを覗き込むとすぐに向こう側が見える。

トンネルを抜けたところ。まるでラピュタみたい。「第一砲台」の説明が書かれた看板
トンネルを抜けると、広い通路になっており、左に曲がる通路、そして右手には煉瓦造りのトンネルがあるのが見える。この辺りは地図で見た「三叉路」の辺りなのだろう。
看板には「第一砲台」と書かれている。この奥の海に面した高台には「第一砲台跡」という場所があって砲台が設けられていた。この辺りはその砲台の弾薬が貯蔵された建物だったようだ。

右手奥にもトンネルが見える更にトンネルをくぐります
「三叉路」を左に曲がると、フランス煉瓦造りのトンネルに至る。右の煉瓦造りのトンネルをくぐると「日蓮洞穴」や「東の広場」という磯場に通じる道に通じている。

トンネルの内部
煉瓦造りのトンネルの内部。写真の左側の人が立っていて見えないが、砲台があった高台に弾薬を運ぶことができる「揚弾井」がある。

「砲台跡」の看板砲台跡
トンネルを出てしばらく歩くと、砲台跡と砲台跡について書かれた看板が見えてくる。看板によると猿島の砲台は江戸時代に異国船の江戸湾侵入を防止するために設けられた全国初の砲台だそうだ。なお、猿島には第二次世界大戦中に建造された台場が5つあるとのこと。

「砲台跡」の右奥には「日蓮洞穴」へ下る階段「日蓮洞穴」の標識
砲台跡の右隅にあるのが「日蓮洞穴」に降りる階段。

階段の途中にある「日蓮洞穴」磯場にも洞窟のようになっている場所がありました
階段の途中に「日蓮洞穴」(左側の写真)がある。日蓮はあの日蓮上人のこと。建長5年(1253年)、日蓮上人が房州から鎌倉へ渡る途中に嵐に逢い、荒波に飲まれあわや沈没という時に一匹の白猿が現れて舟の舳に立ち、この島へ導いたそうだ。この伝説に由来して「猿島」という名前が付いた。
「日蓮洞穴」は古代の弥生人の住居だったらしく土器や石器が発掘されたそうだ。

なお、写真の右側は磯場にあった洞窟のような輪状の岩。初めはどこが「日蓮洞穴」か分からずこっちの方だと思ってしまった。

「日蓮洞穴」の磯場から見た海「日蓮洞穴」の磯場から見た海
「日蓮洞穴」から階段を下ったところにある磯場。海水は透明度が高く、遠浅になった岩場でエントリーがしやすそう。今日の天気が良かったらちょっと入ってみたかった。
ただし、猿島は海水浴場の指定された場所以外では遊泳禁止です。

「台場跡」の広場「台場跡」の看板
「日蓮洞穴」を出て左方向に進むと、「台場跡」の広場に出る。この広場は寝そべれる大きいベンチがあって横になって寝れます。という訳で30分位寝てしまいました。

「相州房州海辺台場大筒数並台場之図」と描かれた猿島の地図「東京湾沿岸防備之絵図」と描かれた猿島の地図
「砲台跡」の看板には、「相州房州海辺台場大筒数並台場之図」と「東京湾沿岸防備之絵図」と描かれた猿島の地図が載っている。

「東の広場」という磯場へ降りる階段「東の広場」という磯場
「砲台跡」の広場から階段を降りると、「東の広場」という磯場がある。「日蓮洞穴」の磯場と同じくエントリーしやすく波も穏やかでシュノーケリングが楽しめそう。

猿島で最も長くて大きい「フランストンネル」猿島で最も長くて大きい「フランストンネル」
「砲台跡」から先ほどの三叉路に戻ると猿島で最も大きく、最も長い「フランストンネル」へ。
「フレンストンネル」は「フランス積み」という煉瓦積みの建築方法で作られた「フランス積みれんが建造物」の代表的な建造物である。
猿島の要塞跡は、愛知県産の赤レンガを使って明治時代中期に建造されたそうだ。

「フランストンネル」の内部「砲台地下施設」について書かれた看板
「フランストンネル」はの中は暗く長く、恋人同士が自然と手を繋いで歩くことから、「愛のトンネル」と呼ばれるらしい。風情が無くてあまり好きな呼び方ではないな。
「砲台地下施設」の看板。フランストンネルには「フランス積み煉瓦」という方法で建築された2階建て地下施設があり、弾薬庫や、猿島の山頂にあった司令室や照明所への連絡通路として使われたらしい。

「フランストンネル」の出口。海水浴場側の口に当たる「フレンス積みれんが建造物」の解説が載っている看板
「フランス積みれんが建造物」について解説された看板。フランス積みという建築方法はフランドル地方で発達した建築方法で、正式には「フランドル積み」と呼ばれるそうだ。
国内で現存する「フランス積みれんが建造物」は、ここ猿島の要塞跡(明治中期)と、横須賀米軍基地内の倉庫(時期不詳)、群馬県の富岡製糸工場(明治初期)、長崎造船所小菅ドック(幕末)の4つしかないらしい。

「フランストンネル」前の通路
「フランストンネル」から切り通しへの通路。両脇が高く切り立った壁になっており、一面に苔が生している。

煉瓦作りの「弾薬庫」「弾薬庫」について書かれた看板
暫く歩くと「フランストンネル」と同じくフランス積みで建造された「弾薬庫」がある。扉は硬く閉ざされており室内は見えないが、内部には2階へ弾薬を運ぶ井(揚弾井)があるそうだ。

猿島の海水浴場のバーベキューの様子猿島の海は透き通っていて、透明度が高い
要塞跡から海水浴場に戻ってきました。相変わらず凄いバーベキュー人口密度。本当に端から端までギュっとつまってバーベキューに興じている。
猿島の海水は透明度が高くて綺麗。残念ながら気温が低く泳いでいる人はまばら。

猿島の桟橋で帰りの連絡船を待つ人々帰りも同じく「しーふれんど2号」に乗り込む
14時45分発の連絡船「しーふれんど2号」に乗り込み猿島を後にします。ちなみに横須賀の三笠桟橋に戻る連絡船の最終便は17時です。猿島には宿泊は出来ないので乗り遅れないように気をつけましょう。

「よこすか海軍カレー」の総販売元「調味商事」
三笠桟橋の近くに、「よこすか海軍カレー」の総販売元「調味商事」がありました。目立ちまくりのインパクトありまくりの看板なので直ぐに見つかります。もちろん買うこともできます。

ちなみにこの前三浦半島に行った時に「横浜横須賀道路」の「横須賀パーキングエリア」で購入済みだったので買いませんでした。
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