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2009.03.29(Sun)
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知覧にある富屋食堂を訪ねる(鹿児島旅行 19/26)

再現された富屋食堂
知覧麓武家屋敷群をみた後に、特攻の母と呼ばれる鳥トメが経営していた富屋食堂を訪れました。

第二次世界大戦中に知覧には特攻隊の基地があり、ここから多くの若者が帰る事の無い旅路に旅立っていきました。戦時中に帝国陸軍の指定食堂とされ、特攻隊が通ったのが富屋食堂です。

当時のままに再現された富屋食堂は特攻隊の悲話を伝える資料館になっています。

富屋食堂の前には映画ホタルの説明板
富屋食堂の前には映画「ホタル」の説明板があります。

富屋食堂の入場券売り場富屋食堂のパンフレットと入場券
富屋食堂に入ると直ぐ左手に入館券売り場があります。入館券は350円です。ちなみに館内は写真撮影NGです。チケットの写真を撮った後に優しく注意されました。

館内は特攻隊の遺品と特攻隊に関する話が書かれたパネルが整然と並んでいます。ある隊員(確か上原という方)は、既に日本が敗れることを予想しており、その根拠を自由を尊ぶ自由主義・個人主義的な欧米の思想に置いていました。浅薄な自分には確かなことは言えませんが、当時としては先進的な予見だったのではないでしょうか。

また特攻隊の隊長は、自らの生徒が旅立った後おめおめと自分一人生き残れないと特攻許可を血判状で申請しますが、許可を得ることができず。ついには、「私達が足かせとならぬように」と妻が子と無理心中をするという悲劇が起こります。結果、教官の申請は受理され生徒達と同じく特攻へと出立します。

このような悲話が沢山あり、読んでいるだけで無感性な自分も涙を浮かべてしましました。

ちなみに富屋食堂を「ホタル館」と言うのは、「ホタルになって帰って来る。」と言う言葉を残して特攻していった宮川三郎軍曹が旅立ったその日の夜に、本当にホタルが舞い戻ってきたという逸話に寄ります。

富屋旅館
富屋食堂の近くには富屋旅館があります。当時の面影を残した旅館になっているそうです。もちろんちゃんと宿泊することができます。

富屋旅館にあった歌が彫られた石碑
富屋旅館の前には歌が彫られた石碑がありました。

日本の母
空行かば特攻隊のホタルの灯
消してはならぬ永久に称えん知覧の母よ
鳥浜トメさん江
野 添又玉作


映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」ロケ地の記念碑
富屋食堂、富屋旅館の近くには休憩できる広場があり、そこには「俺は、君のためにこそ死ににいく」の撮影記念碑があります。
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